「この辺りじゃ小学校でたくさんの生徒がUFOを見ているんですよ。ああいうモノは何かは分からんけど当たり前にあるんでしょうねえ。見たことの無い人は信じませんけどね、あるんですよ、間違いなく」(2)

  • 2017.04.17 Monday
  • 14:45

 

 

『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』

佐藤守 元自衛隊空将・南西航空混成団司令 講談社 2010/7/22

 

 

 

<なぜ自衛隊でUFOはタブーなのか>

・ただ単に、「UFOなどという非科学的なものを見たというような人物は精神的にどこかおかしい」とする観念に国や自衛隊のトップが囚われていて、UFOの目撃は非現実的な錯覚だと決め付けているのです。

 

<自衛隊パイロットが接近遭遇したUFO>

<「こんな問題には深入りしないほうがいい」>

・UFOに遭遇したなどというと、精神異常を疑われかねません。精神的におかしくなった人間を任務に就かせるわけにはいかないので、パイロットを辞めることになるか、最悪、自衛官の職を失うことになりかねないのです。

 

 これは民間航空会社の話ですが、実際、UFOを見たと週刊誌に喋ったパイロットが、精神状態がおかしいとされて、飛行停止になったという事件が、ずいぶん昔にありました。

 

<UFOとともに発生した機体異常>

・しかし、三陸沖の飛行物体には翼がなく、葉巻型で変則的な飛行をしている。どう見ても民間航空機ではないという結論に達したそうです。

 

・この一件は当時の松島基地では有名な話で、誰も口には出さなかったものの、皆が知っていた「UFO騒動」でした。

 

・「航空自衛隊でUFO目撃が相次いでいる」などというと、「航空自衛官はなんと非科学的な人たちばかりなのか」と誤解する方もいらっしゃるかもしれません。

 

<UFOが見える人、見えない人>

・UFOを頻繁に見る人もいれば、私のようにパイロットを長年務めていても、一度も目撃できない人間もいます。

 

<それは超高速で飛んでいた>

・今回取材したなかで、UFOの最多目撃回数を誇ったのは船附昇元三佐でした。彼は候補生時代から、築城基地で、私と共に飛んでいた信頼できる人物ですが、松島基地でT-2練習機の教官を務めていたときの彼の体験です。

 

・船附の証言によると、スピ―ドは地上では想像できない速さで、マッハ8〜10ぐらい。高度は恐らく6万フィート(約18キロ)。

 

・当時の同僚Sが、入間から西に向かっているとき、名古屋上空で物凄く大きな葉巻型のUFOを発見しました。高度は2万4000フィートだったそうですが、「こんなに大きな物体が空中に浮かべるのか!?」と驚いたくらい巨大だったそうです。

 

<シンガポールでも遭遇したUFO>

・船附元三佐はよほどUFOと縁があるらしく、退官して民間航空会社にパイロットとして再就職した後も、UFOらしき飛行物体に遭遇しています。

 

・船附によると民間航空機のパイロットたちもたびたびUFOに遭遇しているといいます。

 

<UFOの故郷、福島の千貫森>

・こうした数々の証言から自衛官がUFOを頻繁に目撃する地域は、関東以北が多いということがわかりました。

UFO伝説が盛んに囁かれているのも東北地方です。たとえば、福島県。福島にはUFOが頻繁に飛来することで有名な場所があります。

 私の両親の故郷と近い福島県福島市飯野町一帯などです。飯野町は「千貫森」という山のふもとにあり、千貫森では数多くのUFO目撃例が報告されているのです。

 

・霊力に引き寄せられるのでしょうか。霊山付近にはUFOがたびたび訪れるそうで、実際、目撃した地元の人も多く、最近ではテレビでも紹介されているようです。

 

 飯野町ではUFOを町おこしに活用しようと考えたのでしょう。霊山に向かう途中の飯野町青木に、「UFOふれあい館」なる施設がつくられています。私は両親の墓参りの際に偶然、「UFOふれあい館」に出会い、ここがUFOの名所だと知りました。

 

・興味を持った私が、土地の人々にUFOについて尋ねると、笑いながら曖昧な答えしか返してこなかった人がいる一方で、「昔からUFOがよく出る場所だ」と淡々と話す人もいました。

 

・「千貫森」が古来UFOの里といわれているのは、この山自体がコンパスの針を狂わせるほどの強力な電磁波を出しているからだそうです。

 

<キリストの墓とUFOの関係>

・青森県にはUFO伝説や宇宙人の飛来を連想させる話も多いのです。その一つに三沢基地の南西にある戸来村(現在は青森県三戸郡新郷村大字戸来)に関する伝説があります。戸来村は、その昔キリストの兄弟が住んでいて、その墓があるというので有名になったところです。

 

<日本にもピラミッドがあったのか>

・注目すべきは戸来村周辺に人工的とも思えるような、きれいなピラミッド型の山が並んでいるという事実です。

 

・地元を訪れると、「UFOがその特殊な山を目標によく飛来してきていた」と語ってくれた人もいました。今でもUFOはよく姿を現すそうです。

 私が青森県内各地を回ってみて、この地の宇宙人伝説、UFO神話に関して一番信憑性が高いと思ったのは、津軽半島の付け根付近にある青森県のつがる市木造の亀ヶ岡遺跡周辺です。

 

・ここでは、有名な縄文時代の「遮光器土偶」も発見されています。この地で発掘された遮光器土偶は、当時の技術では制作できないだろうというほどの高温で焼かれた土偶。土地の専門家の話では「1000度以上のコークスでしか焼けない土偶」だそうです。

 もちろん、土偶が盛んに作られた時代、そんな高度な技術は東北地方のみならず、地球上のどこにもなかったでしょうから、これはやはり宇宙人が作ったものではないか?というのです。

 

<古代の技術では焼けないはずの遮光器土偶>

<地球外生物の空港>

・いずれにせよ、環状列石や人工山、電磁波の関係を考えれば、遮光器土偶は亀ヶ岡遺跡近辺の「環状列石空港」に「着陸」した宇宙船から移民してきた宇宙人作であるという説も、あながち否定できなくなるかもしれません。

 

<異星人に救われたパイロット>

<かぐや姫と日本人の「宇宙人観」>

・日本人の宇宙人伝説ともいえる天女物語には、様々なストーリーがありますが、いくつか共通点があります。

 

 最大の共通点は、天女はみなこの世の存在とも思えないほどの美女ということです。そして、空を翔るための羽衣をまとっています。天女は、最後には天へと帰っていくという結末も似ています。

 

・たとえば、有名な謡曲『羽衣』の三保の松原の天女物語は、天女が水浴びをしている間に羽衣を盗まれて天に帰ることができなくなり、渋々その羽衣を盗んだ漁師と結婚して子供をもうけるのですが、やがて羽衣のありかがわかり、子供を残して天に帰っていく、という筋書きです。

 

・また、沖縄の宜野湾市に伝わる天女物語も、

「昔、大親という百姓が畑から帰る途中、今の宜野湾市にある森の川という泉で手足を洗っていると、一人の美女が沐浴していた。大親は都から来た女だと思い近寄って衣を盗む。女は自分が天女であることを告げ、衣を探してほしいというので、大親は騙して自分の女房にする。やがて二人の間に一男一女が生まれる。

 ある日、姉が弟の子守をしながら『母さんの衣は六柱の倉にある、母さんの舞衣は八柱の倉のなか』と歌うのを天女が聞き、衣を見つけて天に舞い上がる。天女は子供や夫と別れるのが辛く、何度も行ったり来たりしていたが、意を決してとうとう飛び去った。そして残された子供が後の察度で、やがて王となった」というものです。

 

<奇怪な墜落事故>

・私は、UFO目撃情報が集中する松島基地近辺には、東北電力の女川原子力発電所があり、だからこそ自衛隊パイロットが頻繁にUFOと遭遇するのではないかと考えています。

 

<予言されていた2件の事故>

・Sさんは、私が松島基地司令時代に知り合った地元の方です。石巻の山中に神社を創設して、そこの神主さんも兼務しています。地元では「超能力者」として知られている方。

 

・すぐにSさんに電話すると、「済んだことは仕方がない。問題は7月4日にもブルーインパルスの2機が墜落して3人が死ぬから、これを止めないといけない」というのです。

 

・――それから、1ヵ月余り過ぎた7月4日、予言どおりに事故は起きた。

 

<UFOが原発を回避させたのか>

・この周辺にはUFOが飛来するということを地元の人たちは古くからよく知っています。

 

・その真偽は定かではありませんが、多くの自衛隊パイロットたちが、松島基地でUFOを目撃しているのは事実です。「UFOに愛された」船附元三佐も、秋の総合演習時に、基地上空に丸い点がぽつんと浮かんでいたといっています。

 先述のジョンソン博士も「UFOの背後に存在する知性体が核兵器や原発に関心を示していると推測できなくもない」としていますから、案外、いつも基地上空で訓練を眺めているUFOは、チェルノブイリ同様、女川原発事故を防いでくれたのかもしれません。

 

<自衛隊機墜落とサリン事件を予言した人物>

・Sさんの答えは実に明瞭でした。まず事故の原因ですが、

「旧日本軍や自衛隊の戦死者や殉難者に対する供養は実に大切なことであり、松島基地周辺には、旧海軍時代からの多くの英霊たちが眠っているが、供養を怠ると英霊たちの加護が弱まり、霊的な乱れや邪気が生じ、その影響で事故に至る。今回もその一例であった。その危険を私に知らせてくれたのはUFOである」というのです。

 

・「大きな事件か事故が起きる直前に、なぜかUFOが現れて私に知らせるのだ」

 

・そして、彼が松島基地周辺でよく見かけるUFOまでスケッチしてくれました。

 私は今回、これを書くためにUFOに関する資料を濫読しましたから、Sさんが自ら描いて送ってくれたUFOのスケッチを見ても驚きませんが、読者の皆さんはきっと驚いたことでしょう。

 こんなものが四六時中、松島基地上空を飛んでいたわけです。しかも、私には見えず、船附元三佐や一部の部下たちにはよく見えていたというのですから、いささか癪に障ります。

 そこで私は、「松島基地上空に来るのは円盤型だけですか?」と聞いてみました。

 

・もちろん、Sさんにはそのことを黙っていたのですが、彼は「かなり昔に、T-2の編隊飛行か? と思ってみていたが、後ろの物体がやけに長い。射撃の標的を引っ張っているのかな、と思ってよく見ると、T-2の長さの3倍近くある葉巻型のUFOだったことがあった」といったので驚きました。私はやはりM一尉とG一尉が見た「葉巻型UFO」は本当だったのだ、と感じました。

 

・こうなると何だか神主を務めるSさん本人が宇宙人ではないのかと疑いたくなります。

 ハリー・古山氏が『私が出会った宇宙人たち』という本を書いていますが、それによると、地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるそうですから、案外当たっているかもしれません。すると、UFOに愛された船附元三佐が長崎の喫茶店で会った店長も、宇宙人だったのかもしれません……。

 

・というのは、私事で恐縮ですが、私は三沢に転勤する前年の7月に義父を失い、その4ヵ月後に今度は義母が他界するという不幸に見舞われただけでなく、義母が死の直前に、ベッドの上で「幽界」の話を始めたという不思議な体験があるからです。

 あのときのことは今もくっきり脳裏に刻まれています。

 ベッドに横たわって点滴を受けていた義母が、突然私たち夫婦に向かって、「そこにもう一人私がいるでしょう?」と足元の病室の壁を指しながら語りかけたのですから。

 普段と変わらない語りかけでしたから、私と家内はつられて壁を見たのですが何も見えません。続いて義母は私たちにはっきりとこういった

「これは私の幽体なのよ」と。

 そして突然、大声を張り上げました。点滴針が刺さった腕で何かを払う仕草をしながら。「だめ! まだ行かない!」

 義母には何かが見えていたのでしょう。が、私たちには見えません。私は驚いて、ゆれている点滴袋を止めるのが精一杯でした。

 その後、しばらく何かつぶやいていた義母は昏睡状態に陥り、家内はこの時点で母の死を覚悟したようです、義母が息を引き取ったのは翌早朝です。奇しくも義父の納骨の日でした。 

 

 あとになってから、「あのとき、きっと母の元に、あの世からお迎えが来ていたのだわ」と家内は振り返っていました。そのとき、私はこの世には見えない世界があることを悟ったのです。

 

<●●インターネット情報から●●>

UFOの里 福島県の中通り北部、県都福島市の南西部に位置する飯野町地区、ここはUFOの里として広く知られています。

  飯野町地区北部に位置する千貫森周辺には、古来から多数の発光物体の目撃例が見られました。 また千貫森自体も謎多き山であり、その周辺にも多くのミステリーゾーンが存在する事が知られています。

 

 そういった数々の謎の研究資料や、UFOやその他のミステリーに関わる資料を集め、展示する施設として1992年に開館したのがUFOふれあい館です。

 

 その後パノラマ食堂(UFO物産館)、UFO広場等周辺環境も整備され、古くからある小手神社や謎の巨石群と合わせて一大ミステリー体験ゾーンを形成しています。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から

 

<福島市飯野UFOふれあい館>

福島市飯野UFOふれあい館(ふくしましいいのユーフォーふれあいかん)は、福島県福島市飯野町青木にあるUFO関係の書籍、資料などを集めた、全国的にも珍しい展示館兼多目的公共施設である。

 

(概要)

UFO専門の施設は国内的にも珍しく、UFO関係のビデオや写真等の資料をおよそ3000点所蔵している。この施設のある福島市飯野地域はUFOの目撃例が多く、シンボルの千貫森と共にUFOの里として知られている。

 

1992年11月に開館。2008年7月1日の伊達郡飯野町の福島市への編入合併に伴い、いいのまちUFOふれあい館から改称した。

 

この施設は、ニンゲンBOX、1億人の大質問!?笑ってコラえて!、天才てれびくん、ひるどき日本列島、24CH△NNEL、月曜から夜ふかし、などで紹介されたことがある。

 

 

 

『深宇宙探訪記』  

(オスカー・マゴッチ)(加速学園) (発売 星雲社)1992/11

 

 

 

<葉巻型の宇宙船は世界各地で目撃談が多い大型の宇宙船>

・中型船内宇宙研究室(連盟登録番号 SLA8701)

宇宙研究用の移動研究室。12の異なる世界を展示。多種族の乗組員と科学者が搭乗。総搭乗員数3000『人』

全長2400m。直径約400m(厚さ約188mの単独航行可能モジュール18基で構成)

 

<宇宙研究室の外観>

・各モジュールは、居住者の便宜を考え、それぞれの貫通路に沿って観測窓が、一つずつ付いている(実際には大型の展望用球体で、拡大機能および夜間赤外線利用暗視機能がある。)

 

<種々のUFO

・『帝国同盟』の三角形をした地球外の戦闘機。『悪魔機』として知られている。

 

・7機の円盤を収容できる中型円盤型母船。直径100m。高さ40m。

 

・偵察型の円盤(直径25m。高さ10m

 

・幽霊船(およそ、長さ40m、幅10m)  本船が生きている存在で、固体の固い金属構造物ではない。準バイオニック船である。

 

・ダイヤモンド型エーテル船(高さ12m、幅12m)

 

<『深宇宙探訪記』に書かれてある中型船内宇宙研究室は、葉巻型UFO

・宇宙研究用の移動研究室は、搭乗員が3000人で、全長2400メートル、直径400メートルで長さ122メートルの単独航行可能なモジュール18基で構成されているようです。そして、バミューダ三角海域の次元間移行ゾーンを利用しています。これが、有名な葉巻型のUFOのように思われますが、大きさから考えると世界中で見られているのとは違うかもしれません。

 

・オスカー・マゴッチの本によると「シリウスは連盟の送信センターである。暗黒の勢力とその地球の光明派の召使達はシリウスから来た善玉になりすましている。暗黒の勢力は、自分達の基地は、オリオン大星雲にあると、私達に思い込ませようとしている。

しかし、彼らはそこからやって来たにすぎない。オリオン座は、光の主たちの故郷であり、銀河系委員会の故郷であるのだ。そしてアルクトゥルスを中継基地に使っている。暗黒の勢力と彼らが支配する悪の帝国の本拠地は、大熊座にあり、ドラコニスを主要作戦センターとしている。宇宙連合の宇宙人は、友好的な善意の宇宙人であるが、惑星連合や地底連合の宇宙人は、邪悪な宇宙人である」

 

<アメリカ政府と宇宙人の契約>

・1947年7月2日ニューメキシコ州ロズウェルでUFO墜落事件が起きた。だが、米軍は、気球の墜落だと発表し、事実を偽装した。奇妙なことに1949年1月30日同じロズゥエルで、UFO墜落事件がおき、その際、偶然にも地球外生命体が1名生存しており、ロスアラモス研究所に送られた。その地球外生命体は、「イーバ」と名づけられ、1952年6月18日まで生きた。その間の調査では、イーバは自らの母星が、地球から55光年離れたところにあると告げたという。

 

・彼の身体的外観は、現在多くの人に知られるところとなった「グレイ」に似ており、爬虫類と昆虫の特徴を持っていた。そして、1954年1月、アメリカは、後に「ラージ・ノーズ・グレイ」と呼ばれるようになる地球外生命体と初コンタクトを行なう。この地球外生命体の出自は、オリオン座のペテルギウスを巡る一つの惑星だった。これは、500光年離れた赤色巨星を巡る惑星からやってきた事になる。

 

・1954年2月。ラージ・ノーズ・グレイの代理として、イーバそっくりの「クリル」と名づけられた地球外生命体が再度地球人とのコンタクトのため送り込まれ、この時、アイゼンハワー大統領が統括していたアメリカ政府は、この「クリル」を全権大使とした「オリオン座領域から来訪した」地球外生命体と何らかの契約を結んだと言われている。「それから50年、国家最高機密は、厳重に守られている」。

 

<ハリウッド映画で有名なグレイは、人類に比べ科学力で優に5万年を先んじている>

・Tシャツのプリントになるほど、スター化した地球外生命体の「グレイ」のルーツは、琴座である。約50年前、かって琴座領域にあったアペックスと呼ばれる惑星で核戦争が起き、生き残ったアペックスの人々は地下生活を余儀なくされた。核戦争を引き起こした2つの勢力は、ポジティブ派が、主として、レチクル座の2重星(ゼータ)付近を拠点としているが、ネガティブ派のほうは、その多くがオリオン座のペテルギウス領域や大犬座のシリウス領域に移住した。

 

・ネガティブ派の中で特にオリオンに拠点を置く者たちは、リゲリアンという種族だが、地球でグレイと呼ばれる存在は、このリゲリアンを指している。リゲリアンという呼称そのものは、ケンタウルス座のα星であるリギル・ケンタウルスにも隠れたつながりがあるが、彼らのルーツには、判然としない部分がある。現在、地球には、惑星アペックスに出自を持つ地球外生命体が、時空を超え、過去、現在、未来の次元から同時に訪れている。

 

<ウォーク・インとワンダラー(スターピープル、スターシード、スターライト)>

・地球人に生まれ変わったワンダラーや、人生の途中で地球外の魂と劇的なソウル・チェンジ(魂の変換)を起こしたウォーク・インなどを地球外生命体(ET)の魂を持つという意味で、ETソウルと呼んでいる。ウォーク・インやワンダラーは、白色同胞団でも活躍している。白色同胞団(ホワイト・ブラザーズ・フッド)のルーツは、プレアデスと同じ牡牛座のアルデバランという説と、火星でアルデバランの人々と共存していたさそり座のアンタレスからの人々だという説がある。

 

・また、チャネリングは、日常ではない別次元の意識やいわゆる地球外生命体と意識のレベルで交信することを言います。シリウス経由のチャネリングによりますと、地球に介入した2種類の生命体があると語ります。約2600万年前、地球に2種類の非人間的生命体が入植した。それらは、射手座星系からやって来た爬虫類的存在とオリオンのベラトリックス星系からの恐竜的存在だったという。

 

・ここで言う爬虫類と恐竜は生物学的に分類されるそれらの意味とは異なる。そして、地球ではこの2種類の生命体が入り込んだ後に、人間の祖となる哺乳類的生命体が現れる。

 

 

 

『金正日は日本人だった』

佐藤守(元自衛隊空将)   講談社  2009/10/28   

 

 

 

<日本を愛す将軍様>

・そして<かちかちのサンマをほおばりながら、「百年の宿敵」であるはずの日本の庶民料理が、とにもかくにも平壌のど真ん中で食べられるのは、なんとも不思議な感じがしたものだった。いま思えば、金正日が無頼の和食通だったのである>との感想を持った。

 これまた、金正日の和食好きを表しているエピソードである。

 

<人民軍の大将たちの愛唱歌は「ラバウル小唄」>

・将軍が愛する日本のものは食べ物だけではない。

 

 金正日の愛車はトヨタのセンチュリーだという。当然ながら安全性には細心の注意が払われており、防弾ガラス、鉄板も普通の市販車に比べると分厚い改造車で、藤本氏によると、ドアはことのほか重かったらしい。

 

・藤本氏は、宴会場には必ず「カラオケセット」があり、日本の歌もよくうたわれたという。

 

・演歌だけではなく、宴会で軍の大将が酔っ払うと、どういうわけか日本の軍歌を歌っていた。

 

・藤本氏の証言では、金正日が執務室で使っていたのも、NECのパソコンだったらしい。金正日には毎日500〜1000件の報告が届く。報告はFAXとメールが主で、金正日はその処理のために、早くからNECのパソコンを導入していたという。

 これらの物資のほとんどは、日本から万景峰号で運ばれたものだろうが、日朝間がいかに「太いパイプ」で密接に繋がっているかという証明でもあろう。

 

・なぜ、日本のアーティストを将軍がご存じなのか。私は北朝鮮内部にも情報網をめぐらせている知人から、「実は、金正日は日本の衛星放送を好んで見ている」という話を聞いたことがある。そのとき非常に印象深かったのは、彼が「一番好きな番組は皇室関係の番組らしい」と語っていたことである。

 天皇制と金王朝の関係を示唆する重要な証言だが、それはさておき、藤本氏の著書が伝える金正日の姿は、まるで親日家である。元在日の妻を寵愛し、日本人の料理人を傍に置き、和食に舌鼓を打つ。日本のテレビ番組を好んで観るし、移動はトヨタのセンチュリー。ときには日本の芸能人のショーを楽しむ。親日家を超えて「愛日家」という印象さえ受けるのだ。

 

<30年近く前に来日していた金正日>

・いや、それどころか、金正日は何度も来日しているという説を唱える専門家もいる。あまりにも突拍子もないので、大半の人が信じられないだろうが、そう主張しているのが、あの北朝鮮の専門家、早稲田大学国際教養学部教授の重村智計氏だと知れば、私でなくとも興味が湧くはずである。

 重村氏は元毎日新聞記者で、30年以上、北朝鮮に関して取材を続けてきた。その取材のなかで、それまで書かなかった事実を、『金正日の正体』(講談社現代新書)と題して2008年に出版した。

 

 その書には、金正日の影武者の存在など、驚くべき事実が、確かな裏づけに基づいて明らかにされているのだが、私が最も興味を持ったのは、<将軍様は82年から東京に遊びに来ていた>というくだりである。

 

 重村氏はあるとき、衝撃的な内容の本に出合った。タイトルは『人生は、ショータイム』(ブックマン社)。著者は日本有数のダンスの振付師、小井戸秀宅氏で、2004年5月に上梓された本だった。題名だけを見れば、小井戸氏の振付師としての半生を綴っただけの本のように思えて、一般の人はほとんど関心を持たないだろうが、この書には度肝を抜かれるような事実が書かれていた。

 

・若い方はご存じないだろうが、かつて東京・赤坂に伝説のレストランシアターがあった。「コルドンブルー」である。コルドンブルーが開店したのは1971年。約40年近くも前に、一人5万円の料金で、フランス料理のフルコースとレビューを楽しませる超のつく高級レストランシアター。フランスのル・モンド紙が「レストランシアターではフランスのクレイジーホースとジャポンのコルドンブルーが世界の雄」と絶賛するほど、その豪華なショーは評判が高かった。

 

・この伝説のコルドンブルーで、ショーの振り付けを担当していたのが、小井戸氏だった。小井戸氏は『人生は、ショータイム』のなかで、北朝鮮の「喜び組」の踊りの振り付けは、コルドンブルーで彼がつけていた振り付けのパクリで、北朝鮮にはコルドンブルーのスタッフが呼ばれてつくった、まったく同じ舞台まであると明かしている。

 これだけなら驚くに値しないが、続く記述に重村氏の目は釘付けになった。

 

<“喜び組”は、コルドンブルーを見た金正日が、『コルドンブルーと同じような女性ダンサーを育てたい』といって結成したものです。コルドンブルーは北朝鮮に文化輸出されました>

 

<彼は芸能界、映画界に興味がありショービジネスも大好きで、お忍びで来て、コルドンブルーのショーを楽しんだのでしょう。日本のタレントのなかでもプリンセス天功にとくに興味があり、彼女のショーを見たのでしょう>

 

・金正日は来日し、コルドンブルーのショーを見て、すっかり気に入り、北朝鮮にコルドンブルーの舞台を再現し、「喜び組」にそっくり同じショーをやらせている。プリンセス天功のイリュージョンを見たのもコルドンブルーで、その後、彼女をたびたび招くようになったというのである。

 しかも、小井戸氏は、1982年5月に金正日がコルドンブルーを訪れたときの写真まであるという。

 

・それにしても、金正日のような有名人が来日すれば、すぐにばれて大騒ぎになってしまうのではないかと疑問を持つ方が数多くおられるかもしれない。だが、それは愚問だ。なぜなら、1982年当時、金正日の名は聞こえてきていても、顔は誰も知らなかったからだ。2009年の後継者騒ぎを思い出していただければわかりやすいだろう。

 

・北の後継者として金正雲の名が取りざたされたとき、報道各社はその姿を写した写真を入手しようと奔走したが、テレビに映し出されたのは、先述の藤本健二氏が北朝鮮から持ち帰った、子供のころの写真でしかなかった。日本人は誰も現在の金正雲の顔がわからない。街で来日した金正雲とすれ違っても、誰一人気づかないはずだ。

 

・1982年当時は、日本人はもちろん北朝鮮の人々も、金正日の顔など見たことはない。飛行機嫌いの金正日は万景峰号に乗船し、日本へやってきたといわれている。だが、将軍様が万景峰号に乗船して来日しても、北朝鮮の一般の乗客は、まさか偉大なる首領の後継ぎが自分たちと同じ船に乗っているとは思いもしない。

 

<北の指導者が赤坂に通い続けたわけ>

・なぜ、それほど熱心に金正日はコルドンブルーに通ったのか。プリンセス天功のショーが目当てだったのはたしかだが、重村氏は他にも重要な理由があったと分析している。

 

<金正男はなぜ密入国を企てたか>

・金正日が1970年代からたびたび訪日していたとすると、2001年5月1日の金正男事件も理解できる。

 この日、「金正男氏と見られる男性」が、成田空港で入国管理局に拘束された。男は妻子を連れており、ドミニカ共和国の偽造パスポートを使用して入国をはかったところ、入国管理官に見抜かれ、拘束・収容された。

 

 その際に、背中に虎の刺青が施されていることが判明し、金正男であることが、ほぼ確認された。ロイヤルファミリーの一員の身柄拘束は、北朝鮮から重要な人質を取ったに等しく、日本人拉致問題の解決の糸口になるのではという声も多くあがった。

 ところが、外交問題に発展することを恐れた日本政府は、強制退去処分にし、金正男は5月4日、全日空機で中国に向け出国した。

 

 

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  • 2017.09.20 Wednesday
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